「私は飲酒運転で従兄弟を殺された」→ 当時の体験談と悲痛な叫びが心に刺さる・・・

「私は飲酒運転で従兄弟を殺された」→ 当時の体験談と悲痛な叫びが心に刺さる・・・

先日起こった、飲酒運転のトラックが下校途中の小学生の列に突っ込んだという悲しすぎる交通事故。

これを受けとある投稿者さんが語った自身の経験談と訴えに胸が痛みます。

このお話を聞いてもなお危険な運転をしようと思うでしょうか・・・

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全文

自分語りごめんね。

私は飲酒運転で従兄弟を殺されたのね。私は当時中学生。従兄弟は高校生。バスケ部でバンドもやっててめちゃくちゃかっこよくて、優しくて、かわいい彼女もいて、卒業アルバムの写真も撮り終わってた。
部活帰りの田舎の超真っ直ぐな道。
飲酒運転のトラックに後ろからはねられた

ブレーキは踏まれずに150m引きずられた。道路脇の電柱に突っ込んでトラックは止まった。
家族で夜ご飯を食べてる時におばちゃんから電話があって父は飛び出して行った。私達には従兄弟が事故にあったって伝えられたけどその時点でもう亡くなってた。なぜなら現場で死亡確認してるくらい酷い状況。

父は私たちが起きてる時間には帰ってこなかった。次の日は学校だった。従兄弟が死んだ事は新聞に載ってた。事故現場を毎日私はチャリで通ってた。母が次の日は現場を通らないように車で送ってくれた。でも田舎だからすぐに広まってて、みんなから色々聞かされた事故現場はまだ血が残ってると聞いた

従兄弟に教えてた先生がまだ私の中学に残っていたので、事故のことを伝えた。先生は泣いた。私も泣いた。
従兄弟を轢いた人は1つ上の先輩の父親だった。家も近所だった。私はなんで従兄弟が亡くならなきゃいけなかったのか、悲しいやら悔しいやらムカつくやら分からなくてしばらく毎日吐いた。

おばちゃんには葬儀の時に事故後初めて会った。なんて声掛けたらいいか分からなかった。おばちゃんはいつもニコニコしてて優しくて明るかったのに、ゲッソリしてて髪はボサボサでとても立ってられてなかった。いつも誰かに支えられてた。おじちゃんは必死に泣かないように堪えてるのがわかった

田舎の葬式はそれぞれの家でやるんだけど、友人や先生や参列客が多すぎて無理だから地域の公民館で行われた。道まで沢山人が溢れてみんな泣きながら従兄弟の名前を叫んでた。彼女さんは棺桶にしがみついてたけど、おじちゃんとおばちゃんの意向で顔は見てないと思う。私も見るなと父親に言われた。

元気だった時の従兄弟の最後の顔がみんなに悲しい思い出を残すような事になってほしくないとおじちゃんが挨拶で話してたのを覚えてる。亡くなった従兄弟には弟がいたけど「兄ちゃんじゃなくて俺が死ねばよかったんだ」とその後荒れていた。
いつも明るい仲良し家族があいつのせいで壊されたと思った

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