【理不尽】取材現場でセクハラ被害を受けた女性に向けられた「なぜ2人きりになったの」という言葉。被害を受けた側がなぜ責められなければならないのか…?

【理不尽】取材現場でセクハラ被害を受けた女性に向けられた「なぜ2人きりになったの」という言葉。被害を受けた側がなぜ責められなければならないのか…?

少し前に財務次官のセクハラ問題なども話題になりましたが、そもそもなぜセクハラは起こるのか?

仕事上のやり取りを個人に対する好意と勘違いするとか、私としては「有り得ない」のですが、本当にそう感じた結果なのか、それともただの言い訳なのか…。

いずれにせよ、被害者に非は無いはずです。

ところが・・・

こんな記事がネットで話題になっているのでご紹介します。

≪スポンサーリンク≫

「なぜ2人きりになったの」 取材現場でセクハラ、被害受けても責められる社会

性暴力の被害者が自らを責めるのはなぜか。30代の女性新聞記者、林節子さん(仮名)は取材現場で知り合った男性に性的関係を求められ、自分が悪いのかもと苦しんできた。昨年4月に発覚した財務事務次官による女性記者へのセクハラ問題で、あるコメンテーターが発した言葉が忘れられない。「なぜ2人になったのか」。林さんはいま、被害者に非があるように責める風潮が根強く残る社会こそ問題だと感じている。メディア業界で働く女性の現実を見つめる。

 

言葉に共鳴

〈ハラスメント被害が繰り返されたり、被害を訴えることに高い壁がある社会ではあってほしくないと思います。すべての人の尊厳が守られ、働きやすい社会になることを祈っています〉

昨年4月、財務省は女性記者へのセクシュアルハラスメント問題で事務次官を辞任した福田淳一氏についてセクハラ行為があったと認定、懲戒処分を科した。それに合わせて、テレビ朝日は被害を受けた女性記者のコメントを発表した。

林さんはその言葉を記事で目にしたとき、胸が熱くなった。

「すべての人の尊厳が守られ、働きやすい社会に。その言葉に深く共鳴した。同時に、かつて『自分が悪かったのかもしれない』と思っていたけれど、そうではなかったと思えた」

脳裏には、自らを責めた「あの日」の記憶が鮮明によみがえっていた。

次ページへ続きます

関連記事